本日は金山孝之さんとの稽古の日でした。
金山さんとの稽古は、確か前回が3月の末だったのでかれこれ2ヶ月過ぎぶりの稽古でした。
本厚木の駅でお迎えして、会場である東町スポーツセンターへ。最近はいつもこの流れですが、毎回お会いする度に新鮮な気持ちです。
会場に少し早く着き、早速稽古へ。
初めは金山さんの最近の気付きを受けさせて頂く。体術に進展があったとの事で、手の形からの体幹との繋がりがより強力になり、以前の感じとまたかなり違っていた。パワー系の動きだが、身体全体が手の形によって纏まり興味深かった。形としては以前甲野先生が少しだけの間やっていた釣り鐘人参という手の形に似ていたが、金山さん独自の進展の結果としての手の形なのでこちらも興味深かった。
小太刀の動きも教えて頂いたが、なるほど体術との関連性が実感できる動きだった。金山さんも小太刀と体術の関連性を説かれていたが、それを実感できた。間の詰め方や相手への入り方、体の捌き方、中心の捉え方、手の捉え方、全てが体術との共通性があり、今後わたし自身の稽古でも小太刀の動きを取り入れたいと思った。
そして、杖の掴まれた時の対処法や、受け身についても色々と教えて頂いた。特に受け身は、私自身も高齢の方や女性の方にお伝えする機会もあり、どう伝えて良いものか悩んでいたので、金山さんから教えて頂いた受け身の手順というのが非常にわかりやすくかつ安全性もあるというので、早速使わせて下さいと言ってしまった(笑)。
そして今回何よりも得たのは、「その状況で来られたら自分はどうするか」という事であった。金山さんが新しい動きを考える際には、以上の事を考えていると身体が自然に考えられ動きが出てくるのだという。今まで私は身体の使い方の精妙さや、自身の身心観を深めていく事でそれが日常生活や生き方に繋がっていき、それが生きている事そのものへの気付きというか、実感に繋がっているものであると感じているために動きの質を高めていく事に重点を置いていたが、今日の稽古で自分はどうするかという事を考えるキッカケを頂いた。もちろん、全く考えていないという訳では無かったが、まだまだ浅い感じがしたのでこれから少しづつではあるが考えていき、実践したい。
そして私は、最近の気付きである先の先の先、「三先の動き」と皮膚の感覚、押すのではなく引かれる、ピタッと合う感覚をお伝えした。その中で話していて気がついたのは、動かすのではなく、結果として動くという事。よく体幹部を動かしましょうなどと言われているが、それも自分の我があって動かしていると、何かぎこちない動きになる。もちろん使えるように可動域を広げたり、柔軟性を高めて使える状態にしておくことは大事だが。そういう感覚の前提は確かにある。今の感覚だと三先の動きが出てから身体がその不意打ちに対して動かされる(不意打ちという事に関しては魚影の感覚も入っているのだが)。そうすると自分にとっても自分の動きが不意打ちなので、相手にとっても不意打ちになる。それと三先の動きが出てくると、相手の重心が崩れるのでその崩れた所について行くようにすると相手も倒れていく。これは動きとしてはほんの少しの違いだが、考え方の違いも入ってくる。それが押すか引かれるかという事なのだが、その僅かな違いでも全体の動きは大きく変わってくるからやはり身体と心というものは面白い。これは杖等の得物についても応用できて、金山さんにも驚いて頂けた。何しろこちらの実感がなく、えっそれで本当に威力が出てるの?というくらいで相手が吹っ飛んでいくのだから。金山さんにも試して頂くと、これがかなりの威力で驚いた。また正座で押されないピタっと合う感覚をお伝えしている時に気付いたのは、丹田は独立しているのだという事。これは相手に動かされそうになった時に力んでしまうと、つい丹田にも力みが入りそれによってその重心の核心部が動かされて崩されてしまう。ここで接している面(これから相手に接触しようとする部分)と丹田という重心の核心部を分離独立させながらもこちら側からのアクセスだけにさせると、相手からの力やエネルギーのアクセスがこちらに侵入しようとしてくる時にそれをうまく分断できて、こちらの丹田(重心の移動)のエネルギーの働きだけを上手く相手に伝えられる。これが混ざってしまうと全部がごっちゃになり、自分が不利になった場合に持っていかれやすくなる。今回、金山さんにお伝えしていてそんな事に気付いた。これは、金山さんという話の通りの良く長年共に稽古して生き方で共通、共有するものを持った方でないと出て来なかった気付きだと思う。本当に一回の稽古が何ヶ月分にもなるという事を痛感する。有り難い事である。
2時間の稽古は瞬く間に過ぎていき、その後は稽古場で瑜伽(ヨガ)。初めは内の動きをお伝えして準備運動、一連の流れの動き、シャバアーサナをして終わり。ちょっと流れを変えて新鮮でしたと言って頂けた。金山さんは普段も金山流でヨガをおやりになっているそうで、私もなるべく金山さんの感覚を損ねないようにやっていった。ここでは日常を少しだけ忘れて自分の内に深く入っていって自身をただ見つめていって頂ければと思います。
その後は、海老名へ移動しいつもの紗ららへ、とはいかず今回は別のお店へ。紗ららは貸し切りになっていたので、次回までのお預けです。この食事と呑みの場というのは私にとって本当に貴重な場。やはり同じ職種?の話や、これからの事、自分の事、周りの事、世の中の事、生き方の事、考え方や思想の事、思っている事、想っている事、それぞれの事、本当に多岐に渡る内容のお話でした。詳細は特にあげませんが、金山さんとお話しさせて頂く事で私の中で断捨離ができ整理されて、倦んでいた心が浄化されていきました。金山さんの言葉1つ1つが身体の芯まで染み渡り、あぁやはりな、あぁ成る程なという事ばかりでした。甘言には気を付けます(笑)そういった意味も含めまして、このたまにの研究稽古は貴重なものとなっております。
金山さん、本日もわざわざ本厚木までありがとうございました!また悶々としてきましたら頃合いかと思いますので(笑)お誘いさせて頂きます!それまで精進しておきますので!また次回もよろしくお願いいたします!
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